- 国名 インドネシア
- エリア バリ島
先輩の夢と俺たちとが、
バリ島の結婚式で繋がる時。
ラッフルズホテルと言えば…シンガポール。
当たらずとも遠からず。
だけど…「ラッフルズ」はバリ島にもある。
だけど…オーナーは日本企業.
そして、作ろうと思った最初の人間は、
日本建築界のトップだ。
俺は、
その意外性に魅かれた。
最初ここで結婚式をしよう思ったのは...
オープンしたてだから。
2020年にできたばかり、新しい。
何より、ラッフルズという小粋なブランドイメージ。
彼女の希望でもあった。
なんとも軽い始まりで申し訳ない。
でも、
この新しいラッフルズの歴史を調べてみて、驚いた。
同じなのは、ラッフルズという名前だけだったのだ。
俺も経営者のはしくれ。
同じ日本人経営者として、
直接の接点はない。
レベルも経験も違う。
けれど、彼から学んできたことはたくさんある。
経営者の大先輩の熱い情熱が詰まったホテルで結婚式をする意味は、ある。
それは、魂をかけること。
1990年代、「その土地らしさ」をコンセプトに、
ハワイにラグジュアリーリゾートができた。
これを提案したのもプロジェクトしたのも彼。
彼の先見性が、それから世界中に広がった。
けれど、それは、彼にとってはお試しだったかもしれない。
彼はこよなくバリ島を愛していた。
1980年代にはすでに構想ができていたらしい。
熟想に念気を練りに練り、
2010年代にアジアの経済成長に勢いがついた瞬間に、
プロジェクトをスタートさせただけのことだったのかもしれない。
真の経営者こそ、適時に動き出すものだから。
すでに80代に入り最高相談役は部下にまかせることをよしとしなかった。
建築家として生き切ろうとしたのだ。
手ずからトポグラフィー(地形図)をひいた。
コロナ禍の最中も、彼はホテル内の各部分を図面や写真で確認した。
部屋に置かれる皿やアメニティなどの小物を現地から送らせて決めていった。
「その土地をその土地らしく」をバリ島にも。
そして、彼の魂は昇華した。
グランドオープンの時、彼はいなかった。
なぜなら、彼こそが、ラッフルズになった。
天から永久に見守る選択をしたのだ。
今このバリの地に根付き、花開こうとしている「ラッフルズ」に呼ばれた気がした。
そこに、俺の始まりのなにかがある気がしてならない。
日本人が作ったラッフルズには伝説がある。
ラッフルズでの結婚式、日本人経営者にとっては外せない、場所。
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